広島市で借金返済ができず担保の自宅を取り上げられました。

広島市で借金返済ができず担保の自宅を取り上げられました。

飲食店を経営していました。父親から相続したマンションの家賃収入が月100万円以上あったので、当初は「店の方はまあそれなりにやればいい」という気楽な気持ちでやっていました。

 

その気楽さがよかったのか、店は予想以上に繁盛しました。銀行から事業拡大をすすめられ、調子者の私は持ち上げられた分だけ気をよくして、二号店、三号店と立て続けに出店しました。もちろん私に開店資金を出せるわけがなく、お金は自宅を担保に銀行から借りました。

 

その後、店の経営が厳しくなり、一つの店の赤字なら家賃でなんとか補てんできても、三つの店の赤字を補てんすることはできませんでした。

 

返済も滞るようになり、返済どころか家賃の支払いすらできなくなりました。私は店を続けていくために泣く泣くマンションを売って、そのお金で借金と家賃を支払いました。このときの私の精神状態はもうまともではなかったみたいで、店を畳むとか事業を縮小させるという考えは全くありませんでした。

 

マンションを売っても借金は返しきれず、経営はますます厳しくなりました。結局、大家さんに店のたちのきを迫られたとき、「この店はもうだめだ」と理解でき、閉店と債務整理を決めました

 

父親の代からお世話になっていた弁護士さんに依頼したのですが、弁護士さんは私の債務状況とマンションを売ったことを聞くと、あんぐりとした顔になりました。

 

「できるだけがんばってみます」と約束してくれましたが、その顔を見ると、自分の置かれた状況の難しさは分かりました。その頃、私は貯金や債券などの金融資産をほとんど失っていたので、銀行の借金を返すことはできませんでした。

 

担保の自宅は取り上げられました。今考えると、銀行の狙いは最初から私のマンションと自宅だったのではないかと思います。それなのに、銀行にのせられて借金をしてしまった自分が情けなくて仕方ありません。今は最初に自分で開いた店をなんとか続けていきながら、生活費を稼いでいます。