京都府京田辺市で自己破産してスッキリはしましたが

京都府京田辺市で自己破産してスッキリはしましたが

 2001年という少し昔のことです。当時私は広告代理店で部長をしていました。40歳を超えていましたが、それなりの給料をもらっていました。

 

ところがその会社での人間関係の悪化から退職するという選択をしました。とくに次に何をして稼ぐかというのは考えていませんでした。半年ほどは失業保険をもらいながら考えようと思っていました。ただ以前からの借金が相当あり、多重債務の状態でした。当然これまでより収入が減ったわけですので、返済していくことができません。

 

妻とも話し合い、一度弁護士に相談することにしました。相談した弁護士は女の先生でした。当時は今のように過払い金請求などの手段が一般的ではなく、最終的には自己破産を選ぶというのが大多数でした。先生の考えも自己破産だったので、その道を選ぶことにしました。

 

 借りていた会社名・金額などを申告しました。妻が連帯保証人になっていた教育ローンは申告できませんでした。弁護士に自己破産の裁判の手続きに入ってもらいました。裁判がありましたが、案内していた会社からは誰も来ませんでした。

 

裁判所では「二度と自己破産はできないので注意してください」と念を押されました。自己破産したら官報に載るようで近所の市会議員にはバレていたようです。弁護士の先生には50万円ほど支払ったと思います。とりあえずは返済を考える必要がなくなったので良かったと感じました。

 

 その直後から名前も聞いたことのないような金融会社からダイレクトメールが頻繁に来るようになりました。もちろん借りる気はしませんでした。私も給料は以前ほどではありませんが別の会社に勤務することができました。

 

借金で悩んでおられる方は、自己破産というのは借金がきれいになりますが、究極の手段であって簡単にすることではありません。それより良い方法が無いか考えて行動してください。